【レポート】第5回 イノベーション・キュレーター塾
今回は㈱サラダコスモ代表取締役の中田智洋さんがゲスト。
テーマは「「社会課題かビジネスか」ではなく「社会課題とビジネスと」。
「社会の役に立つこと」と「ビジネスで儲けること」。中田社長は,どちらも得
難い感動を得られるものであると語っておられます。この二項対立を仏教や儒教
をベースにした理念型経営や地域への温かい眼差しによって融合しておられま
す。塾生は理念型経営による多角化の実例を学ぶことで,目指すべき経営者像を
中田社長に見ることができました。
それでは,当日のダイジェストをレポートします。
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1月23日、第5回イノベーション・キュレーター塾(IC塾)が開催されました。今回のゲストは、株式会社サラダコスモの代表取締役 中田智洋さん。今回がゲストスピーカーをお呼びする回では最後となります。中田さんの取り組みの全体像をとらえることで、今までのゲストの方々の事業と中田さんの事業をつなげることができると髙津塾長。今回はそんな中田さんの取り組み、そしてその根底にある哲学について語っていただきました。
■野菜作りと仏教思想
中田さんが経営するサラダコスモは、岐阜県中津川に本社を置き、もやしやカイワレ大根などの野菜生産を主な事業としています。そしてこれらの野菜、後に紹介するチコリ以外は全て無農薬・無化学肥料で作られています。
もともとは父の中田年雄さんが創業したラムネ屋の副業として始めたもやし栽培ですが、当時は見た目と日持ちを良くするために漂白するのが当たり前でした。しかし、大学で仏教を学んでいた中田さんは、このやり方に疑問を持ちます。仏教は世の中の役に立つために学ぶもの。では役に立つ野菜作りってなんだろう?―こう考えた中田さんが最終的に辿り着いた答えは、「安全」でした。安いもいい、美味しいもいい、でも健康でないと意味がない。そうして中田さんは無漂白もやしの開発に取り掛かります。傷みやすく茶色いもやしは、初めは受け入れられませんでしたが、飲食店への直販や冷蔵技術の改良による商圏の拡大といった努力により、徐々に認められていきます。「食の安全」への世間意識の高まりも追い風となり、今では無漂白もやしが常識となりました。こうした成功もあり、その後、カイワレ大根やブロッコリースプラウトについても無漂白・無化学肥料のものを開発していきます。そして、今年から農水省が始める工場野菜の有機認証の第一号を取得しました。国の公認を得た、と中田さんは誇らしそうでした。
■社会貢献の取り組み
野菜生産で順調に事業を拡大していた中田さんに、ある日岐阜県知事から提案がありました。それは、「アルゼンチンで農場を経営しないか」というもの。というのも、サラダコスモが本社を置く岐阜県は内陸県で、食料自給率の低さが1つの課題でした。そこで当時の県知事は、アルゼンチンの農場を買い取って平常時は有機野菜を育てて岐阜県に輸入しつつ、緊急時は県民の食の安全を確保できるだけの生産体制を整えることを構想したのです。食の安全確保、そして南米にわたった日系農家の支援という活動に惹かれた中田さんは、この提案を快諾します。しかし、地元農家の反対で知事はこの計画を断念。そこで中田さんは独自にこの事業を引き継ぐ決心をし、株式会社ギアリンクスを設立しました。「意義深い事業だと思ったから、自分のお金でやろうと思った。」
そんなギアリンクス、実は15年連続赤字だと中田さんは笑います。でも、決していいことをしているから赤字でいい、という考えではありません。その意味ではギアリンクスは失格だけれど、妥協案としてサラダコスモの黒字と相殺して考えているそうです。「商売とは、役に立つこと。儲けたお金の使い道は自由だが、それをどれだけ世の中の役に立てることができるか、という風に考えると、善の循環でお金が入ってくるようになる。」重要なのは、善の循環の始まりの部分は、自分のお金で回すということだと言います。
■ちこり村――社会貢献とビジネスの融合
ギアリンクスの活動が称賛される一方で、地元農業の問題に目を向けていない、という批判もありました。農業人口の高齢化、それに伴う放棄耕作地の増加など、地元農業の衰退は深刻でした。また、町全体の高齢化に対する高齢者雇用の不足や、大企業の進出による地域資本産業の衰退などの問題もありました。地元のために何かしたい、そう思った中田さんが注目したのが、チコリでした。チコリはヨーロッパ原産のキク科の野菜で、葉の部分を食用にします。チコリに注目した理由としては、中田さんは「地元農家と競合しない」点をあげています。そんなチコリですが、中田さんより以前にチコリを育てていた事業者はどこも廃業してしまっています。理由を尋ねると、育てるのはそこまで大変でないが、売るのが難しいそうです。「だったら売る仕組みを工夫すればいいのでは?」こういう発想で生まれたのが、生産と観光を結びつけた「ちこり村」でした。ちこり村は、ちこり工場にレストランや売店などを併設した施設で、一般客が工場見学や食事を楽しむことができ、さらに健康や文化について学ぶことができます。
このちこり村は、先に挙げた地元農業の衰退、高齢化、地元資本産業の衰退の3つの問題に対応したビジネスモデルです。農業の衰退に対しては、食料自給率の向上や放棄耕作地の利用、高齢化に対しては雇用の受け皿の提供、地元産業の衰退に対しては、観光客の増加による地域活性化を通して貢献しています。
■イノベーション・キュレーターとして
中田さんは、昨年から中津川経営者会議を主催し、社会的な取り組みを伝える場も設けています。サラダコスモの経営者としての顔、ギアリンクスの社会活動家としての顔、この2つの顔が矛盾なく統合された形が、ソーシャルビジネスとしてのちこり村なのでしょう。「お金は前提だし、稼がなければ認められない。でも、誰かの役に立つことには得難い感動がある。」と中田さん。社会活動とビジネスの矛盾をどう克服し、どう伝えていくのか。中田さんが取り組んでいることは、まさにイノベーション・キュレーターとしての一番の課題でもあることでした。
レポート:SILKインターン生 池田福美
■感想:塾生 長雅規さんより
中田社長のちこり村の事業に至るまでのご自身の心の変遷のお話には、私達が今後ソーシャルビジネスを広めていく為の多くの示唆がありました。社長は、経営者は変われると仰ります。ちこり村の事業への過程で社長の経営観は大きく広がります。サラダコスモからギアリングス、ちこり村の事業へと徐々に周囲との共生が広がり、最後には何とも競争しない経営を作り上げます。そして、その実現への考え方の軸が仏教思想です。社長はご自身の成功を神にさせて貰っている、有り難いと仰ります。更に、覚悟を持つこと、覚悟した人は人への影響力が違う、また商売の根本はお客様や社員に役に立つこと、後ろめたくないことをすることと仰ります。そして、覚悟を持って周囲へ感謝の念を忘れず奉公することで、自ら社会で善の循環を創ることを説きます。このことは頭では理解出来ますが、なかなか実践できるものではありません。社長は自己矛盾があると力が出ないとも仰ります。社長は、常に自己と対話し内省を繰り返すことで自己矛盾が無くなり、ご自身の中に覚悟が生まれ、それが大きな力となって社会に善の循環を作る競争の無い経営をちこり村で実現していったのではと感じました。