知識やノウハウを示すだけでなく、本当の意味での人材育成をする塾|イノベーション・キュレーター塾対談

京都市ソーシャル・イノベーション・クラスター構想のもとで生まれたイノベーション・キュレーター塾は、8周年を迎える2023年、一般社団法人を設立し、いち事業者として独立します。8年前、何の計画もない状態で塾長就任の依頼を受けたという髙津 玉枝 さん。産みの苦しみを共に乗り越えた運営元の京都高度技術研究所(ASTEM)地域産業活性化本部長 孝本 浩基 と、当時を振り返ります。

知識やノウハウを示すだけでなく、本当の意味での人材育成をする塾|イノベーション・キュレーター塾対談

ソーシャルの視点を持って働く人を増やしていく必要がある

孝本: イノベーション・キュレーター塾は、髙津さんありきで始まりましたから。SILKを設立する流れの中で、社会課題に取り組む企業に光を当てるために「これからの1000年を紡ぐ企業認定」の計画ができていったんですよね。一方で、大室所長からのご紹介で髙津さんと出会って、企業だけでなく実際にそこで動く人にも光を当てて増やしていかないとだめだというお話をお聞きしました。ならば、ぜひSILKでやりたいから塾長になってくださいと。

髙津: 本当にゼロベースからの立ち上げでしたね。ご依頼をいただいた時点では、ターゲットもプログラムも何もかも白紙で、会議で私が質問しても皆さんしーんとしていて……「依頼を受ける側なのに、なんで私が一人でホワイトボードに書いてるんやろう?」と思いながら、塾の計画が始まりました。あの会議のことは多分、一生忘れません(笑)

孝本: そんな状況で塾長を引き受けていただいて、本当にありがとうございます。「学び、育つ場」「つながる場」「広がる場」の3つの軸でSILKの事業を考えていく中で、「学び、育つ場」を高津さんに担っていただきました。僕は、最初はけっこう心配やったんです。本当に塾生が集まるんやろうかって。受講料がそれなりの金額じゃないですか。でも、世の中には持続可能な社会を目指すビジネスについて学びたい人たちがいることを、髙津さんは感じ取っておられたんですね。

髙津: いえ、でも初日とかめっちゃ怖かったですけどね!平気な顔に見えていたかもしれませんけど、相当な気合いで臨みましたよ。私自身も、フェアトレードの事業をしながら、どう展開していこうかという葛藤がありました。会社を大きくすれば、大量生産・大量消費の渦に巻き込まれて本来の目的と相反する部分が出てきてしまうかもしれない。一方で、規模が小さいままでは社会への影響力が弱い。自分の企業のことだけを考えるのではなく、色んな企業の中に社会的な視点を持った人を増やしていく必要があると感じていました。私が各企業にコンサルティングに入るやり方では数を増やせないので、人材を育てていく方がいいと思ったんです。

本質に触れるために、これまでの経験や知見をいったん壊す

髙津: 企画の時点はまだSDGsも発表されていなかったですし、ソーシャル・イノベーションという言葉もほとんど使われていない時代でしたよね。こういった塾も前例がなかったので、なぜこういう取組をやりたいと思ったのか、自分の思考のプロセスをたどりながらプログラムや募集要項を考えていきました。私は、フェアトレードを知って生産地であるインドを訪れた時に、すごく衝撃を受けました。自分で事業をしてきたので、それなりに色んなことを知ってるつもりでいたんです。でも、日本に入ってくる情報なんてごく一部で、私たちの常識とは全然違う世界が目の前に広がっていました。

孝本: 塾生たちがゲストのお話を聞いて衝撃を受ける様子は、とても印象に残っています。そういったプログラムは、ご自身の根っこにある経験から導き出されたんですね。

髙津: そうですね。まず、SILKの大室所長にお話しいただく初回は、全員がわけがわからないまま終わってOKなんです。普通の教育機関ではあり得ない考えだと思うんですけど、塾生がなんでこんなところに来てしまったんだろうと少し後悔するくらいでよくて。社会的にある程度成功してきた人は、これまでの経験や知見がしっかり頭の中にありますよね。それを一度たたき壊してからすき間を作らないと、その後のインプットが直接入っていかないので。

孝本: 髙津さんと塾生たちとのやりとりに、禅問答のような空気を感じていました。表層的な理解にとどまらず、本質に触れることを大事にされていますよね。

言いたいことを言い合える関係性からイノベーションが生まれる

髙津: もう一つ強く意識していたのは、フラットな関係性です。今でこそ多様性や心理的安全性という言葉が使われるようになりましたが、当時はそんな概念がなかったので、これも手探りで。違う環境で働いてきて視点や考え方の異なる塾生同士が、お互いを受け入れられる状況をどうやって作るのか。「社長」とか「先生」とか呼ぶのはやめて、全員「さん」付けにしましょうとかね。

孝本: 塾生同士も、けっこう突っ込んだ質問をお互いにぶつけ合っていますもんね。

髙津: 卒塾式に見学に来られた方がすごく驚かれていました。晴れの場で、ここまでズバズバ言い合えるんですねって。「それで本当に世の中変わると思いますか?」みたいなことを普通に言うんです。傷つけないように、怒らせないように、っていう遠慮をしなくていい関係性でのコミュニケーションを重ねることで、イノベーションが生まれるんじゃないでしょうか。卒塾生同士も期をまたいでコミュニケーションが続いていますし、「今でもここに来て話すと安心します」と言ってもらえるので、良いコミュニティになっているという実感があります。

孝本: ソーシャルという切り口のコミュニティはたくさん生まれていますけど、ここまで言いたいことを言い合える関係性になるのはかなり難しいです。イノベーション・キュレーター塾の塾生たちは、お互いの弱いところも知っているからこそ、応援したい、力になりたいという絆が強いですよね。

髙津: 禅問答のように問われ続けて、何度も自分を考え直すから、弱さでもなんでも赤裸々に語らざるを得ないんです。ソーシャルビジネスの実践者は、多くの場合前例がないので、世間や周りから認めてもらえない、理解されないことから事業がスタートします。そこでどうしたって迷いが生じます。それでも事業を続けていくには、自分自身の原体験と今やっていることとのつながりを自覚する必要があると思いました。それがないと、ブレてしまいますよね。

孝本: そこがイノベーション・キュレーター塾のすごいところだと思います。一般的な研修機関は知識やノウハウを示すだけの場合が多いですが、この塾ではそこにとどまらず、本当の意味での人材育成になっている。ゲストの人選もお話の内容も、塾生自身の気持ちの原点を引き出すために設計されているというのは、驚きでした。そこまで考えられているプログラムは他にはないと思います。

塾に行ってものすごく変わったという周りの声が嬉しい

髙津: 卒塾生が、部下や後輩を塾に送り込んでくれるんですよね。組織を変えていくには、自分と同じ考え方を共有できる仲間が必要だということで。毎年、塾生の枠を設けてくださっている金融機関に先日ご挨拶にいったら、卒塾生の上司の方が、塾に行ってものすごく変わりましたとおっしゃっていました。自分から手を挙げて、積極的に色んな取組に参加するようになったと。

孝本: 嬉しいですね。自分でも気づいていなかった、内なる思いに気付かされるんでしょうね。実はこんなことに困っていたんだ、こんなことやりたかったんだと。

髙津: その価値って、すごく説明しづらいんです。売上が何倍になりますとか、フォロワーが増えます、みたいな目に見える成果ではないので。起業はわかりやすいですけど、組織内で視座を高く持って変革を起こしている人の活躍が見えづらいというのは、悩みどころです。孝本さんがイノベーション・キュレーター塾に今後期待されるのはどんなことですか?

孝本: イノベーション・キュレーター塾は、これからも状況に合わせて変化しながら、軸はブレずに持続していくと思います。日本を支える人をどんどん輩出していってほしいですね。これから京都だけでなく他の地域へも展開していくと、世の中が確実に良くなりますから。そんな期待をしています。

髙津: ありがとうございます。卒塾生たちと力を合わせて、がんばっていきます。

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取材・文:阪本 純子 / 柴田 明(SILK)