高齢者居住福祉研究者 絹川麻理さんーイノベーション・キュレーター塾生インタビュー
現在、第二期生を募集中のイノベーション・キュレーター塾。
こちらでは、第一期塾生へのインタビューにより、塾の魅力と、塾生のみなさんに起こった変化についてご紹介します。
第四回目のインタビューは、高齢者の居住空間の研究者である絹川麻理さんにお聞きしました。
塾での学びを通じ、「高齢者福祉の問題は”個人の尊厳”の問題」であることに気付いたそうです。
普段の仕事や暮らしの中で、何とか解決したい・実現したい課題に出会い、悩んでおられる方、絹川さんのインタビューを読んで、未来への一歩をイノベーション・キュレーター塾で踏み出しませんか?
■塾に参加したきっかけ:「持続可能な社会というキーワードに惹かれました。」
仲筋:イノベーション・キュレーター塾を受講しようとされたきっかけは?
絹川:京都高度技術研究所の方からメールで教えていただいたのがきっかけです。
送られてきたチラシを見ると、「持続可能な社会の実現」、「未来も含めた四方良し」、「ビジネスの支援者」といった、これまで気になっていたキーワードが沢山ちりばめられているので、注目しました。でも、持続可能が必要だとよく言われていますけれど、現実に持続可能な社会を実現することは難しいですよね。一体、どうやったら実現できるのか知りたい、と思って。
仲筋: それで、受講を決められた、と。
絹川: 「ビジネスの支援者」と書かれていましたから、私のように調査・研究を主な生業としているものがエントリーしてもいいものか、と悩みました。しかし、本業のほかに、主に収益の面で課題を抱えているNPO支援等に取り組んでいましたので、よし、エントリーしようと。一念発起しました。
■塾での気づき:「高齢者問題の本質は、個人の尊厳を守ること」
仲筋: 福祉分野の調査・研究を続けておられるのですか。
絹川: 私の最初のキャリアは米国で働くことから始まったのですが、ずっと建築を学びたかった。夫が建築分野の仕事に携わっていることもあり、日本に帰ってきてから本格的に建築を学び始めました。その頃、祖父を介護施設で看取るという経験があり、高齢者福祉に関する関心も増してきた時期でした。そこで、京都大学の故外山義先生(建築家・建築学者。相部屋が基本だった特別養護老人ホームに、「個室」によるユニットケアやグループホームの制度化を推進)に師事しました。介護保険法が制定された1997年頃から数多くの介護老人福祉施設が設置されました。そのような現場で、高齢者や福祉施設の職員を対象とする行動観察調査に携わっていました。
仲筋: どのような現場だったのですか。
絹川: 現場では、悪臭が漂っていましたが、職員の皆さんはとても忙しく働いておられて、分かっているけど対応できない。これに対して「介護のプロだろ!」と言っても、何も変わらないわけです。入居者も、職員も、親を預けている家族も、それぞれ不幸そうだな、と感じたんです。
仲筋: なぜ、不幸になっているのでしょうね。
絹川: 「介護制度、介護サービスはこういうものだ」、人間が本来持っているアイデンティティを取り上げられているからではないでしょうか。
例えば、ホームヘルパーさんに対する苦情は、「食事が美味しくない」とか「顔が覚えられない」というものが多い。これは、ホームヘルパーさんの人手不足が原因なのですが、一人の高齢者に対して複数のホームヘルパーさんが交代で対応しなければならないからです。だからと言って、「制度が問題だ」と言っても始まらない。
介護の問題には制度で解決できることもあります。しかし、現在は制度で規定されているサービスを受け取ることが介護になっている。また、そもそもサービスの内容を知らないこともあります。
仲筋: ここにも「大量生産・大量消費」や「過度の効率性の追求」といった要因から生み出されている課題がありそうですね。こういった課題に対して、イノベーション・キュレーター塾で学んだことは、どのように生かされていますか。
絹川: 髙津塾長の「社会課題を俯瞰して見よ」、「社会課題の本質を見よ」、「自分ごととして考えよ」という言葉が脳裏から離れません(笑)でも、こういった観点からすれば、高齢者福祉の問題は「個人の尊厳」の問題なのだと思います。
仲筋: 「個人の尊厳」ですか。
絹川: そうです。人間は、人生で幾つかの役割を持っています。働いている自分、大学で学んでいる自分、子育てしている自分、介護をしている自分・・・。それぞれ大切な役割なのですが、介護や育児などを理由に、何かを諦めなくてはならないのはおかしい。諦めることが解決策になっています。
高齢者にとっても、「おひとりさま」として「決められた介護サービスを受けて死を迎える」ことを諦めて受け入れているのではなく、社会と関わりながら、自分で選択した介護や死を迎えることが大切です。
■今後の挑戦:「高齢者が社会へ貢献しているという実感を持てるようなイノベーション」
仲筋: 興味深かったイノベーション・キュレーター塾のゲストスピーカーはおられましたか。
絹川: スマイルスタイルの塩山諒さんのお話は興味深かったです。
以前からスマイルスタイルさんのことは存じ上げていました。スマイルスタイルさんが設置されているハローライフという拠点でプロボノの説明会が開催されていましたので、参加したのがきっかけです。しかし、イノベーション・キュレーター塾では、髙津塾長の質問によりゲストスピーカーの深部を知ることができました。改めてスマイルスタイルさんのHPを拝見し、「そういうことだったのか・・・。」と理解することができました。
仲筋: どんな点に感銘を受けられましたか。
絹川: 「未来が見えているから、次の打ち手が繰り出せる」ということかな。塩山さんは「そんなこと、できるはずが無い!」というようなことを実現していますよね。それは、実現したい未来を見据えて、そのために取り組むべきことを次々と打ち出している。
仲筋:それこそが持続可能なビジネスとなる秘訣でしょうね。
ところで、絹川さんが実現したい未来と、そのための打ち手とは何ですか。
絹川: 現在、イノベーション・キュレーター塾の後期で取り組んでいるのが、正に「実現したい未来と、それを実現するための打ち手を50個考える」でして、非常に悩んでいます(笑)実現したい未来は、高齢者を核として、皆が自らのアイデンティティを守り、その結果、社会の構成員全てのアイデンティティが守られた未来、ですね。そのために幾つかの打ち手を考えています。例えば、高齢者に社会へ貢献しているという実感を持ってもらうための取組です。社会へ貢献しているという実感がないと、生きている実感は持てないですよね。ですから、「この介護施設の職員は、俺が育てたんだ!」というような教育の貢献を見える化してはどうでしょうか。
また、ビジネスって、結局はお客様に必要とされるという関係性から生まれるものですから、高齢者に社会への関係性を築いてもらうためには有効だと思います。例えば、従来は介護サービスを受けていたことを高齢者自ら取り組む。そうすることで費用を下げることができた高齢者にはインセンティブを提供する。そうすると、楽しみながら社会に貢献する高齢者が生まれると思います。
仲筋: 運動や勉強などのリハビリをこなした高齢者に、仮想通貨を提供する福祉施設も誕生していますね。
絹川: そうです、そういう発想が大切です。そのほか、介護をしている家族の立場を考えると、一律的に「介護休暇」という制度で割り当てるのは、皆のアイデンティティを守るという目的からは些か心もとない。そこで、従業員が会社に対し、家族の中で介護に関してどのような役割を果たしているのかをしっかりと共有し、柔軟な働き方を創っていくことが大切ですね。
■受講をお勧めしたい方:「様々な受講生がおられますが、見ている方向性は一緒」
仲筋:ところで、絹川さんはイノベーション・キュレーター塾以外の講演会やセミナーにもよく御参加いただいていますよね。長野県で開催されている開業保健師の方の集いにも参加されていましたね。
絹川: 京都市ソーシャルイノベーション研究所の大室所長に教えていただいて参加しました。元々、福祉分野に興味がありましたので、保健師の皆さんが開業して何に取り組もうとされているのかを知りたいと思いました。
仲筋: 積極的に取り組んでおられる方が多かったですね。
絹川:保健師さんは公衆衛生活動を行う地域看護の専門家ですから、制度と制度の狭間で埋もれている課題を発見し、対応されているのだと気付くことができました。
仲筋: 最後に、どのような方にイノベーション・キュレーター塾へ参加して欲しいとお考えですか。
絹川:できれば様々な分野の方に参加していただきたいですね。参加した当初、ちょっと緊張しながら他の受講生と交流していましたが、すぐに打ち解けることができました。一期生も様々な分野の方が参加されていますが、皆が見ている方向性は同じでしたよ。
聞き手-仲筋 裕則
京 都市産業観光局商工部中小企業振興課 ソーシャル・イノベーション創出支援課長補佐。2012年から京都市ソーシャルビジネス支援事業を担当。 ビジネスを活用して社会的課題の解決に取り組む「ソーシャルビジネス」の認知度向上と 企業育成のための支援に取り組み、京都から日本の未来を切り拓く様々な活動を行う。